「特集/日中戦争を考える――80年目の今日」『歴史評論』(歴史科学協議会編)校倉書房、2017年7月。

近所の書店で偶然見つけた『歴史評論』ですが、日中戦争特集ということで興味深い論考が多く乗っており、早速購入しました。どれも興味深い論文ばかりで、偶然入手できて非常に幸いでした。

久保亨「日中戦争史研究の現在と日中関係」は全体像が整理されており、今どう見るべきかという意味で優れた論文ですし、また高士華「中国大陸の総体戦研究と日中比較」では中国では総体戦といわれる総力戦の研究動向が紹介されており、非常に有意義な研究でした。とりわけルーデンドルフの『総力戦』の翻訳が日本よりも中国のほうが早く、毛沢東も注目していたという記述は示唆的です。本論文は国際的な総力戦理解との関連からも意味があるように思います。日中戦争に関しては、どうやら研究がまた活性化しているようですので、出版動向に特に注視していこうと考えています。
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軍隊と社会の歴史研究会


軍隊と社会の歴史研究の斉藤恵太先生より、次回以降の例会の案内が参りましたので、メモしておきます。
どれも非常に興味深そうで時間が取れればぜひ参加したいです。

日時:2017年7月29日(土)
場所:早稲田大学戸山キャンパス39号館6階第7会議室

報告者:梅原秀元氏
論題:「第一次世界大戦と医学―ドイツの医学を中心に」

なお次々回以降については以下の予定となっているということです。
参考までに掲載しておきます。

10月14日(土) 尾原宏之氏(甲南大学):近代日本政治思想史
  http://researchers.adm.konan-u.ac.jp/html/100000693_ja.html
12月23日(土) 田中良英氏(宮城教育大学):近世ロシア史 
  http://www.miyakyo-u.ac.jp/KyouinDB/public/teacher/view/128
1月20日(土) 小暮実徳氏(天理大学):19世紀オランダ史、日蘭関係史 
  http://www.tenri-u.ac.jp/teachers/q3tncs000006m7vv.html

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戦史、国防史、軍事史、戦争史

キューネ、ツィーマン『軍事史とは何か』は軍事史概念をきちんと把握するうえで非常に有益な本なのですが、とくに戦史、国防史、軍事史、戦争史という似て非なる用語を区別して理解するうえでも多くの示唆を与えてくれる著作です。

具体的な内容は本書を読んでもらうにしろ、軍内部の歴史解釈が中心の「戦史」、ナチ時代の影響を強く引き継いだ「国防史」、そしてドイツ語においては新しい戦争を歴史的な解釈のなかで扱う用語としての「軍事史」(これは狭義であれ、広義であれ、旧来の戦史の視野狭窄とは別の観点で論じられている点に特徴があります)、そして「戦史」と同じKriegsgeschichteという単語は用いるけれども、戦争にかかわる歴史を総体として把握しようという意図がはっきり見られ、「軍事史」と非常に近似する「戦争史」という用語があります。

このような用語の並列がなされているのが、『軍事史とは何か』のひとつの特徴ではありますが、個別の論文のなかで実は定義するところに若干の違いがあり、明確な定義が全体としては完全になされていない点も注意しなくてはなりません。ただし、その一方で上記に書いたような違いも意識されているということは忘れてはならないでしょう。

キューネ、ツィーマン編著『軍事史とは何か』要約その2

第十章 軍需産業と戦時経済
ステファニー・ヴァン・デ・ケルクホーフ(新谷卓訳)
近年メンタリティ、文化、そしてジェンダーに関わる歴史テーマは、軍事史および戦争史においても注目を浴びている。だが一方で、軍隊の物資面での装備、経済面から見た動員、戦時財政、そして戦時経済といった重要な経済的なテーマが疎かになっている。本章では、文化史と経済史との間を橋渡しする新たな軍事史、戦争史の模索の必要性を説いている。

第十一章 機械化された軍隊―――ある共生関係に関する方法論的考察
シュテファン・カウフマン(齋藤正樹訳)
 軍隊と技術の問題は密接不可分であるにもかかわらず、学術的な分析に基づく研究は遅れていた。従来の戦略、戦術、軍備の歴史は、軍隊、戦争、技術の結びつきの「共生」関係を十分に解き明かすものではない。技術の 発展は社会と密接に結びついており、コミュニケーション、メディア、組織、そして行為者が織りなすネットワークとの関連性のなかで考察されるべき存在である。

第十二章 ディスクールと実践――文化史としての軍事史
アンネ・リップ(新谷卓訳)
歴史学で現在話題になっている理論的議論は、歴史研究を文化的に補強しようとする試みである。このことは軍事史にとりどのような結果をもたらすのが、従来の研究成果の上に文化史として軍事史が構築されうるのか、そして最終的に戦争の文化史を担うことになるのかが検討される。比較的最近の研究をてがかりに、文化史に方向づけられた軍事史の成果が示される。

第十三章 戦争と軍隊のジェンダーについて――新たな議論に関する研究の見通しと考察
クリスタ・ヘメルレ(今井宏昌訳)
ジェンダーという分析カテゴリーを用いて、軍事史は新しい観点で検討することができる。「兵士としての男性」と「平和的な女性」という分類がどのように歴史的に作られていったのか、あるいはその束縛からどのようにして抜け出していくのかが論じられている。また、第一次世界大戦での女性従軍看護婦の経験の位置づけや、戦時における女性に対する性暴力の問題についても言及されている。後者については、一般市民、特に女性と子どもの犠牲者数が急激に増大するなかで、「産業的」、「総合的」、「超越的」な戦争の帰結として、占領地での数多くの「戦時の残虐行為」のなかにあったことが指摘されている。

第十四章 『戦争論』――現代軍事史についての考察
シュティーク・フェルスター(鈴木健雄訳)
 軍事史に関する多彩な方法論が試みられている今日、軍事史が歴史学における固有の分野としての地位を築く上で、理論上の共通基盤について検討することが必要であり、クラウゼヴィッツが大きな役割を果たす。クラウゼヴィッツは、現実の戦争の特徴が政治的条件によって規定されていると考えたが、その学問的手法を確認することで初めて、軍事史叙述は社会史としての方向性を備え、現代の歴史学に対し貢献を果たすことができる。

第十五章 社会のなかの軍隊――近世における新しい軍事史の視点
ベルンハルト・R・クレーナー(斉藤恵太訳)
ドイツの「新しい軍事史」を牽引してきた著者クレーナーが、近世(1500~1800年頃)を対象とする軍事史について、兵隊の生活や駐屯都市、兵隊の家族、兵隊になる層としての貧民や犯罪者、さらに図像や文学など、国家や制度という旧来の枠を超えた様々な視点が持つ可能性を論じる。

第十六章 総力戦争時代における全体史としての軍事史
ロジャー・チカリング(柳原 伸洋訳)
 軍事史を全体的な歴史として理解するにはどうしたらよいか。19世紀から現代にいたる歴史学、社会科学の研究を前提に、戦争を全体像としてどのように認識していくのかという問題が検討される。とりわけ、総力戦は全体史を必要としており、極めて広範な社会状況、歴史的状況を検討しつつも戦争について論じていく必要がある。

第十七章 ドイツにおける軍事史の展開に関する覚書
ヴィルヘルム・ダイスト(伊藤 智央訳)
軍事史を歴史学の一領域と捉える考えが1960年代末以降一般的となっていき、一般的な歴史学の問題意識や研究手法を取り入れることで、軍事史はそのテーマを多様化させていった。しかし、軍事史にはまだなお歴史学の他領域との連携が必要な部分もあり、新たな視点や史料の開拓が望める余地もある。とはいえ、軍事史は学問の一領域として大学でその地位を固めたと結論づけることができる。

第十八章 市場支配力をめぐる闘いと理論に関するマニ車――新しい軍事史を巡る論争に対する若干のコメント
ディーター・ランゲヴィーシェ(齋藤正樹訳)
 本章は全体のまとめである。ランゲヴィーシェは長らくテュービンゲン大学史学科の教授を務め、ドイツのナショナリズム、自由主義の歴史、近代教育史、社会史に関する代表的な研究者である。本書の問題提起を包括的にまとめている。

キューネ、ツィーマン編著『軍事史とは何か』要約その1

3月3日発売の共訳書について各章の概要を紹介します。
各章ごとに内容はとても充実していますので、あくまでご参考とお考えください。

トーマス・キューネ、ベンヤミン・ツィーマン編著、中島浩貴・今井宏昌・柳原伸洋・伊藤智央・小堤盾・大井知範・新谷卓・齋藤正樹・斉藤恵太・鈴木健雄訳『軍事史とは何か』原書房、2017年。

第一章 拡大のなかにある軍事史 流行、解釈、構想
トーマス・キューネ、ベンヤミン・ツィーマン(中島 浩貴訳)
現在のドイツの軍事史研究が順調である一方で、理論的な問題を抱えている点を論じている。いままでの戦争の歴史をめぐる議論のなかで、「軍国主義」と「苦難の歴史としての戦争」という二つの「大きな物語」が軍事史研究を行う前提となってきたことが示され、この枠組みにとらわれない視点の重要性を強調している。軍事史が多様な方法論を持っており、それをどのようにまとめていくかという問題が紹介されている。

第二章 学問と政治のあいだの軍事史
ヴォルフラム・ヴェッテ(今井 宏昌訳)
本章では、参謀本部の戦史研究が政治的に従属化しており、戦史が軍隊の「威信を守る」ものとなり、戦史叙述が軍事プロパガンダとしての意味を持ったことが批判されている。第二次世界大戦後、研究の自由を前提として徐々に軍事史研究は進展し、批判的軍事史や東独の軍事史研究、歴史的平和研究による模索を経て、大学での新たな軍事史の芽生えが生じた状況が描かれている。

第三章 息の詰まるような場での研究――東ドイツ時代の軍事史研究にたいするいくつかのコメント
ユルゲン・アンゲロフ(柳原 伸洋訳)
東独の軍事史研究は隔絶した、狭い空間に押し込められた存在になってしまっていた。東側では「学術および党の立場からの見解の統一」への要請が繰り返し掲げられ、歴史が利用されていた。軍事史は一般的な歴史学に含まれるだけではなく、加えてイデオロギー的な史的唯物論と階級闘争に基づいていたのである。もちろん多くの改善は見られ、なかには優れた研究も存在したが、多くの制約のなかでの研究を余儀なくされることになった。

第四章 冷静かつ客観的に?――学術的軍事史に関する見解
ゲルト・クルマイヒ(伊藤 智央訳)
軍事史研究では、応用志向の軍事学と軍事当局者の政治的意図を読み取ろうとする批判的歴史学の二つの流れが並立してきたが、この二つの流れを統合することは可能である。そのための鍵は、対象の底を流れる心性を捉えることが重要なのである。これによって応用志向の軍事学を克服し、批判的な軍事史叙述を成立させることができる。

第五章 作戦史の目的とは何か
ベルント・ヴェークナー(小堤 盾訳)
 有名な格言では、教皇の控えの間では悪しき教会史は排除される。つまり軍隊内部の戦史は軍にとって好ましくない戦史は描かれない。旧来の戦史では実用的な方法論が伝統的に優位を占め、その一方で「新しい」作戦史での批判的なアプローチが依然として学問的・理論的に十分定着していないことが問題となる。作戦史が発展していくためには、専門的な軍事的利害にとらわれず、自由な空間と明確な民間人による刺激を必要とするのである。

第六章 作戦史としての軍事史―ドイツとアメリカのパラダイム
デニス・E・ショウォルター(小堤 盾訳)
 近代的な作戦史の理論的・概念的発展は、軍事史の大変動を招いた。すなわち、軍隊の比類のなき特殊な役割が再発見され、新たに定義されたのである。それは全体として軍民双方の積極的な共生を示している。それはアメリカでようやく成果が出始めたところであり、ドイツでも魅力的な具体例を提供しているのである。

第七章 軍事史と政治史
ヨスト・デュルファー(大井 知範訳)
 軍事と政治を歴史的に見ていく三つの視点から論じている。第一に、軍事史が現実の政治的な影響を受けやすかったこと、第二に、政治と軍事を切り離す考え方に多くの問題があること。第三に、軍隊や戦争にかかわる問題を政治学的なアプローチと同じく行為者(アクター)をとらえる中で検討していくことの重要性が検討されている。

第八章 軍事史における政治の概念――若干の観察と提言
トーマス・メルゲル(大井 知範訳)
軍事と政治の関係性を歴史の問題からどのように考えるべきか議論が展開されている。最初に、軍事と政治を二つの領域に分けて考える二元主義から見た解釈の方法が提示され、次に、軍事と政治双方の領域の近接性を前提とする収斂理論が紹介されている。この二つの理論の比較が試みられた後、政治をコミュニケーションの過程として捉える最近の新たなアプローチの可能性が展望されている。

第九章 軍、戦争、社会―社会史における兵士と軍エリート
マルクス・フンク(伊藤 智央訳)
軍事史を暴力の社会化の歴史として一般化した形で捉える必要が出てきている。そのためには、軍の構造、日常世界との結びつき、兵士の個人的・集団的な行動といった、「上から」と「下から」の視点における研究で扱われる対象を相互に結び付けながら解明することが求められる。それゆえに、そこでは社会史の方法論が軍事史研究において今後もなお重要な意味を帯びてくるという。