「戦争史研究の新たなフロンティア――「はじめに」に代えて」三宅、石津、新谷、中島編『ドイツ史と戦争』彩流社、2011年。

ドイツ史と戦争: 「軍事史」と「戦争史」ドイツ史と戦争: 「軍事史」と「戦争史」
(2011/11/14)
三宅 正樹、新谷 卓 他

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戦争史研究の新たなフロンティア――「はじめに」に代えて

 本書は社会の変化と戦争の様相の関係性について、ドイツをケース・スタディとして取りあげ歴史的な考察を試みた研究である。

 最初に、「戦争」という言葉が意味するところについて少し説明する必要があろう。プロイセン・ドイツの戦略思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦争は人類が営むひとつの社会現象であるとの認識から大著『戦争論』を書いた。また、ドイツの歴史家ハンス・デルブリュックは、その主著『政治史の枠組みのなかの戦争術の歴史』で、戦争の様相がその時代特有の政治や社会の状況に強く規定される事実を明らかにした。

 さらには、イギリスの歴史家マイケル・ハワード卿は、戦争と社会の関係性に注目することにより「戦争史」という新たな学問領域を確立するとともに、従来の個々の戦闘を分析するだけの狭義の軍事史から脱却し、戦争全体を同時代の大きな社会的文脈のもとで捉えるべきであると唱えた。実際、ハワードの主著『ヨーロッパ史における戦争』は、ヨーロッパの歴史における社会変化とそれにともなう戦争の様相の変遷を分析した書であり、そのなかで彼は、社会が変化するにしたがっていかに戦争が変化したのか、逆に、戦争そのものがいかに社会を変化させたのかについて論じている。

 戦争史研究に対するこうした先人たちの認識は、たとえばやはりハワードの1962年の論考「軍事史の利用と乱用」にもっとも明確にあらわれている。この論考でハワードは、今日的な教訓を安易に導き出そうとする従来の軍事史研究の手法を厳しく批判している。

 前述した『ヨーロッパ史における戦争』の「第一版への序」のなかでハワードは、戦争と社会の関係性について、「戦争を戦争が行なわれている環境から引き離して、ゲームの技術のように戦争の技術を研究することは、戦争それ自体ばかりでなく戦争が行われている社会の理解にとって、不可欠な研究を無視することになります」と指摘している。さらにハワードは、デルブリュックと同様の認識から、「政治史の枠組においてばかりでなく、経済史・社会史・文化史の枠組においても、戦争を研究しなければなりません。戦争は人間の経験全体の一部であり、その各部分は互いに関係づけることによってのみ理解できるのであります。戦争が一体何をめぐって行なわれたのかを知らずには、どうして戦争が行なわれたのかを、十分に記述することはできません」と述べているが、本書『ドイツ史と戦争』の執筆者の立場もこれとまったく同様である。

 またイギリスの歴史家アーサー・マーウィックが、一連の著作のなかで機能論の観点から戦争を考察し、戦争遂行のためにすべての資源・人員と制度を合理的に組織していく結果、戦争という一見非合理な現象が、逆説的にも合理化や近代化を推進しているとの挑発的な議論を展開した事実は記憶に新しい。加えて、ある社会の文脈のもとでの戦争という問題意識から出発したいわゆる「戦争とヨーロッパの社会シリーズ(フォンタナ・シリーズ)」は今日でもその学術的価値が高く評価されている。さらにシュティーク・フェルスターに代表される研究者がワシントンの「ドイツ史研究所」を基盤として、「ドイツ統一戦争」およびアメリカ南北戦争から第二次世界大戦へといたる期間における戦争と社会の関係性を、総力戦という視点から五冊の研究書にまとめている。

 近年では、ポール・ファッセル、ジェイ・ウインター、アネッテ・ベッカー、そしてステファン・オードア=ルゾーに代表される研究者が、記憶や追悼といった視点から「新しい軍事史」の重要性を唱え、第一次世界大戦研究に一石を投じている。またトマス・キューネとベンヤミン・ツィーマンの編著による『軍事史とは何か』にも、文化やジェンダー(性)に関する論考が含まれている。

 戦争と文化の関係性をいち早く指摘したのはジョン・キーガンであったが、その後、やや異なる視点からマーチン・ファン・クレフェルトは『戦争文化論』を、また、パトリック・ポーターはエドワード・サイードの「オリエンタリズム」の概念を援用して「軍事オリエンタリズム」について論じており、さらには、日本でも比較的知られているアメリカの歴史家ジョン・ダワーは、真珠湾奇襲攻撃(太平洋戦争)と2001年の「9・11アメリカ同時多発テロ事件」以降のアメリカ国民の反応を文化という視点から比較分析した著作を発表している。

 日本でも近年、阪口修平がその編著『歴史と軍隊――軍事史の新しい地平』の序章で、幅広い視点からの軍事史研究を「新しい軍事史」あるいは「広義の軍事史」と定め、この分野における日本での研究の必要性を指摘しているが、本書『ドイツ史と戦争』は、あえて「戦争史」といった言葉を用いつつも、同様の目的を達成しようとする試みである。つまり、本書が最終的な目的とするのは狭義の軍事史の執筆に留まるのではなく、社会の変化に呼応して変遷する戦争の様相であり、そしてこれを、ドイツをケース・スタディとして歴史的に考察することである。繰りかえすが、本書の執筆者の問題意識は、戦争は人類が営むひとつの社会現象であるとの認識から来ている。そして、本書での「戦争史」という言葉は「軍事史」より広義の概念であり、戦闘の歴史はもとより、政治、経済、技術、倫理、思想といった社会的な要素をすべて包含するものである。

 それでは、本書の内容について簡単に紹介しておこう。第一部「ドイツの歴史と戦争」では、「ドイツ統一戦争」から今日にいたるまでのドイツ史における戦争の位置づけについて概観する。

 第一章「ドイツ統一戦争から第一次世界大戦」(中島浩貴)では、1860年から1914年にいたるプロイセン・ドイツ軍の状況を概観し、軍事組織や戦略面での新しい戦争への対応、外交政策や国内政治との関連性、軍の社会的影響力といった問題を検討する。第二章「第一次世界大戦から第二次世界大戦――二つの総力戦とドイツ」(望田幸男)では、第一次世界大戦と第二次世界大戦をともに「総力戦」と捉え、ドイツの役割と動向を中心にその様相と影響・結果からこの二つの世界大戦の特質を論述する。第三章「冷戦――政治と戦争の転換」(新谷卓)では、冷戦下のドイツの主体性を視野に入れながら、基本法のなかでドイツ(西ドイツ)連邦軍がどのように再建されたのか、軍事的な主権を制限しながらドイツの安全保障システムがどのように構築されたのかといった問題を中心に論じている。

 第二部「戦争史と思想」では、ドイツの戦争の歴史のなかで重要な人物とその思想を取りあげるとともに、陸・海・空といった軍種に注目することにより、戦争史という文脈のもとでのドイツ固有の特質についてさらに掘りさげて考察する。
 第四章「リュヒェルとシャルンホルスト――転換期における啓蒙の軍人たち」(鈴木直志)では、「プロイセン保守主義の権化」として否定的イメージで語られることが多いエルンスト・フォン・リュヒェルと、「ドイツ国民軍の父」または「クラウゼヴィッツの第二の父」として現在でもなお伝説的な存在であるゲルハルト・フォン・シャルンホルストについて扱い、この二人の軍人に対する位置づけを「啓蒙の軍人」という視点から問いなおす。第五章「モルトケとシュリーフェン」(小堤盾)では、ヘルムート・フォン・モルトケ(大モルトケ)とアルフレート・フォン・シュリーフェンに対するシュティーク・フェルスターやテレンス・ツーバーらによる最新の研究成果を踏まえながら、この二人のドイツ軍人が有する政治的な問題性について、具体的な事例を取りあげながら考察を行う。第六章「ルーデンドルフの戦争観――『総力戦』と『戦争指導』という概念を中心に」(石津朋之)では、総力戦と戦争指導という概念を手がかりに、第一次世界大戦でのドイツの実質的な戦争指導者であったエーリヒ・ルーデンドルフの思想を考察する。ここでは、従来から過大に評価されているルーデンドルフの戦略思想を批判的に分析し、彼の等身大の人物像と思想を描く。

 第三部「軍事組織としてのドイツ軍」では、陸軍・海軍・空軍それぞれの軍組織に焦点をあてていく。
 第七章「ドイツ陸軍――ドイツにおける『武装せる国民』の形成」(丸畠宏太)では、ドイツでの国民の結集が、革命運動をへることなく、兵役義務を通じて、既存国家の軍事組織に国民を統合するかたちでなし遂げられた点を重視し、プロイセン以外のドイツ諸国にも注目しながら、一九世紀ドイツにおける兵役を通じての国民統合の実態に迫る。第八章「ドイツ海軍――海軍の創建と世界展開」(大井知範)では、プロイセン・ドイツ海軍の設立の歴史を取りあげ、帝国の建設と発展に合わせて海軍が成長する過程を俯瞰する。ここでは、伝統的な陸軍国のなかにあって、海軍が海外での活動に自身の存在意義を見出し、これが軍隊としての飛躍の原動力となっていった状況が論じられる。第九章「ドイツ空軍の成立――ヴァルター・ヴェーファーの航空戦思想と『航空戦要綱』の制定」(小堤盾)では、空軍参謀総長ヴァルター・ヴェーファーの空軍観を反映した『航空戦要綱』を中心に検討を加え、ドイツ空軍の用兵思想の特色を明らかにするとともに、それらがナチス・ドイツ下での戦争観とどのような関わりをもったのかについて考察する。第十章「ドイツの脅威――イギリス海軍から見た英独建艦競争 一八九八~一九一八年」(矢吹啓)では、一九世紀末に始まるドイツの海軍増強が、海洋支配により帝国を維持してきたイギリスにとって重大な軍事的挑戦であった一方で、イギリスが「ドイツの脅威」をどのように受容し、利用し、そして対処したのかを政治と戦略の視点から分析する。

 第四部「ドイツ軍の世界的影響」では、ドイツの戦争観や戦略思想が世界各国にどのように認識あるいは受容されたかについて考察する。
 第十一章「ヤーコプ・メッケルと日本帝国陸軍」(大久保文彦)は、宿利重一が築いた「メッケル少佐」像を批判的に検討し、ヤーコプ・メッケルの貢献が日本の陸軍大学校の教育に対してよりも、むしろ日本の陸軍全体の近代化に資するものであったことを指摘する。第十二章「コルマール・フォン・デア・ゴルツとオスマン帝国陸軍」(藤田順子)では、オスマン帝国とドイツ軍事使節団との関係についてドイツ側の研究に加え、新たに入手したオスマン・トルコ側の史料を手がかりにすることで、オスマン帝国陸軍に与えたドイツの影響を明らかにする。第十三章「アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼンと中華民国陸軍」(長谷川熙)は、経済的な補完関係を背景に戦間期に中華民国と協力関係を強めたアレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼンについて扱う。ここでは、中華民国の蒋介石の直轄軍がドイツ式に武装され、日本との戦争ではドイツの軍事顧問団が作戦面でも指揮にあたった事実、さらには、日本を持久戦へと巻きこんだ状況が描き出されている。

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