軍隊と社会の歴史研究会


軍隊と社会の歴史研究の斉藤恵太先生より、次回以降の例会の案内が参りましたので、メモしておきます。
どれも非常に興味深そうで時間が取れればぜひ参加したいです。

日時:2017年7月29日(土)
場所:早稲田大学戸山キャンパス39号館6階第7会議室

報告者:梅原秀元氏
論題:「第一次世界大戦と医学―ドイツの医学を中心に」

なお次々回以降については以下の予定となっているということです。
参考までに掲載しておきます。

10月14日(土) 尾原宏之氏(甲南大学):近代日本政治思想史
  http://researchers.adm.konan-u.ac.jp/html/100000693_ja.html
12月23日(土) 田中良英氏(宮城教育大学):近世ロシア史 
  http://www.miyakyo-u.ac.jp/KyouinDB/public/teacher/view/128
1月20日(土) 小暮実徳氏(天理大学):19世紀オランダ史、日蘭関係史 
  http://www.tenri-u.ac.jp/teachers/q3tncs000006m7vv.html

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増えるパソコン

今や文房具として、講義ノートとして、本を補完する情報源のツールとして、PCは仕事でも今や必要不可欠のものとなりました。最低限、職場に一つあれば、役に立つものではありますが、昨今のように値段が安くなってくるとついつい数を増やしてしまいます。仕事場で使っているものが自由が利かない代わりに、私物のPCが最近増殖傾向にあります。とくに型式の古い中古品だと非常に安く購入できるため、自宅、移動用、予備、そして一度は使ってみたかったもの…というふうに、買ってしまうのです。

また、私自身学生時代パソコンが故障した際には、自分で修理するようにしていまして、今でもできるだけパソコンを分解して修理しています。先日もノートパソコンの冷却ファンがものすごい音を立てていたので、分解交換修理しましたが、そのおかげで五年前のPCが無事復活しました。初めて買ったパソコンは富士通製で、その次が今はなきコンパック製、そしてその次に購入したノートパソコンが東芝製だったので、15年来東芝のノートパソコンを愛用しています。その最大の理由は交換パーツの入手が容易であること。企業での利用も多く、替えの部品を比較的手に入れやすいのです。ここ数年東芝の経営危機で、パソコン部門は分社化してしまいましたが、今後も日本国内の企業リースでの使用が継続してあり、部品が入手しやすい状況が続くのであれば、相変わらず東芝製のパソコンを使っているかもしれません。

昨今購入した私物のパソコンとしては、2 in 1のパブレット兼用パソコンがあげられます。CPUはATOMですので、決してパワーのあるPCではありませんから、マルチタスクをさせるとすぐに悲鳴を上げてしまいますが、論文を書いたり、ネットやメールをするには十分すぎる性能です。Dynabook N29は8.9インチの画面を持つ小型タブレットで、持ち運びに便利で満足しています。ミニノートパソコンとしてバッテリーのもちもよく、外出の際には非常に重宝しています。また、12インチの画面を持つDynapad N72はペン対応のタブレットで、紙のノートに書いている感覚で使えます。講義では、とくにプロジェクターと組み合わせると便利で活用しています。ここ最近チョークの手荒れがひどいもので、助かっています。

今後も東芝には引き続き便利で使いやすいパソコンを供給してほしいところです。

まちづくりに関する文献

ここ数年街づくりや商店街活性化に強い関心がでてきたため、できるだけ関連文献を読むようにしています。

「まちづくり」関連の本を手あたり次第、読んでいるところもありますが、的確に問題点を明らかにしている本として感心しているのが久繁哲之介氏の本です。久繁氏の著書(『地域再生の罠』ちくま新書/『商店街再生の罠』ちくま新書/『コミュニティが顧客を連れてくる』商業界/『競わない地方創生 人口急減の真実』時事通信社)のいずれも、まちづくりや商店街再生の問題においてタブー視されているポイントに切り込んでいます。また、ローカルのコミュニティを重視している点も非常に魅力的です。

もちろん学術書ではありませんし、とくに公務員批判などはいささか先鋭に過ぎるような気もしますが、それでも地域社会を再構築するうえでの多くのヒントに満ちています。街づくりに関心がある方には非常におすすめです。

読書会をやってみて

北坂戸での読書会も31回を数え、そろそろ三年になります。最初は参加者が集まらず、なかなか苦労した時期もありましたが、北坂戸にぎわいサロンの皆さんのご協力もあり、今は十分な参加者を得て盛況です。

当初読書会は電子書籍の活用や「ビブリオバトル」の形式をも考慮にいれていましたが、結局今のように参加者相互で本を紹介しあうという形に落ち着きました。毎月一度読書会を行っていると、紹介する本の選ぶなかで「この本を紹介するとこの人は関心を持ってくれるかな」と自然に考えるようになります。紹介形式の読書会は相手がいるため、読んで紹介する本も自分の完全な好みから相手に合わせていこうというふうになります。

元来私の読書傾向は専門の研究に付随するものが主でしたが、ここ最近直接研究にかかわる以外のとりわけ文学書を手に取るきっかけが増えました。文学、物語の大切さを改めて考えるきっかけとして読書会はなかなかに魅力的のように思います。それに、自分が知らない本の紹介を受けるというのもなかなかに刺激的です。

シンプルなデザイン

仕事上、たくさんの文献を用いざるをえないため、どうしても仕事場は雑然としがちです。ただし、論文を書いていたり、研究をまとめているときには一定の雑然さが時に効率的な職場環境を提供しているような気もします。山積みになった史資料、文献が文章をまとめていくに際し、頭の中でまとまっていくうえで役に立っている気もしますね。ある研究者が「部屋が片付いている人は研究していない」と言っていたことを思いだします。私自身は仕事が片付くとできるだけ雑然とした印象を与えないように、きれいに片づけるようにしています。でも、片づけた後で書棚に戻した本のことが頭の中からすっぽりとぬけてしまっているような気もするのも事実です。

昨今は建築物を見ても、仕事に使うさまざまな物品を見ても無駄を排除したシンプルなデザインのものが目立ちます。たとえば、大学の校舎を見てもかつての古く、雑然とした校舎は壊され、スマートで直線的な、ビジネスビルのような建築物が大学にもよく見られるようになりました。そうした建物を見ていくと確かに機能的で、ある種の美しさを感じ取れなくはないのですが、その一方でどこも同じようなつくりで、画一的にも見えます。こうした校舎に共通しているのは監視カメラが至る所にあり、冷たい印象をも受けることです。これは古くて、汚れが目立つようにはなっているけれど、どことなく温かみがあり、隙がある時代を経た建物とはまったく違っています。新しい建物の独特の「冷たさ」は、現在の社会情勢を反映しているのか、それとも今後時間がたつにつれ人間味が独特の形で作られるのかは関心があります。例えば、同じような人工的でシンプルなデザインの住宅公団によって作られた団地なども人工的な印象を受けますが、時間の経過によって独特の人間臭さが出てきているようにも見えます。現在の設計者がこの点でどのように考えているのか、それが描かれている文献があれば読んでみたいものです。